薄暗い室内。広くは無いが、端にあるバーカウンターは紫煙に煙って見渡せない。
反対側、煙が流れていない小さなスペースでは華奢なマイクがスポットを浴びている。
ライトに切り取られて浮かぶステージと、煙に沈むカウンターのちょうど真中の席で男がため息をついた。長い体を折って頭を凭せ掛けているテーブルに銀髪が散らばる。
「嫌なら戻れ」
酒を受取り戻ってきた今晩の相方が、うっそりと声を掛けた。
そんなんじゃねぇ。机の上に突っ伏したまま、相手の顔も見ずに言う。この男にしては珍しく抑えた声でボソボソと。
気乗りしないのはお互い様だと、レヴィは卓上の半分を占めていた銀髪を払いのけて、カウンターから持ってきた冷たい壜を乱暴に置く。
飲み口に突き立っていたライムをガリガリ齧りながら、スクアーロはさっきから自分の中にある訳の分からない燻ぶりを弄んでいた。
そもそも、今夜は発端からして超絶的に訳がわからない。
何がきっかけか分からないが、3人で喋っていたらいきなり癇癪を起こした我侭王子(文字通りの!)の様子を伺いに行ったところから間違ったのか、そこに手と手を取り合ってのこのこ出向いたのがマズかったのか。
だが仕方がない、『怠惰』を冠する癖に、臍を曲げた時だけ『勤勉に』嫌がらせを行う彼の性質の悪さはスクアーロもレヴィも何度かの実例で身に沁みている。こちらに思い当たる節が無くてもとりあえず機嫌を取っておかないと任務中に背後からナイフを飛ばされかねない。
二人の謝罪もどこ吹く風、といった風情だった王子は、急に何かを思いついたらしくアリスのチャシャ猫のよろしくニヤリと笑った。
「そのまま手ぇ繋いで一晩デートしてこいよ、そしたら許してやる」
テキトーに帰ってきたら殺すよ?キスのひとつもしてこいよ、そう捲し立てて、唖然とする二人を部屋から蹴りだした。
ちょうど暇だったからといって、素直にここまで出掛けてきた自分らもたいがいネジが弛んでいる。そんな結論に達したあたりで、スクアーロは回想を切り上げ、周りを見渡す。
どこに行って何をする、考えるのも馬鹿らしかったのでレヴィが選ぶに任せて気づいたらここにいたが、意外に趣味は悪くない。
不意に。学生時代に一度だけ、監獄並みに門限の厳しかった寄宿舎を抜け出して夜通し遊んだ記憶が甦る。
そうしてやっと燻ぶりの正体に気付いた。
理不尽な罰ゲーム、『デート』。
秘密めいた店構え、ライム入りのビール、今から始まるステージ。
この状況を初めて夜遊びするガキみたいに楽しむ自分がいる。
任務のときの命を削る興奮とはまた違う、緩やかな高揚感。
それが何だか悔しくて、自分で自分に拗ねていたのだ。
単純な種明かしに気分が反転する。
なあ、レヴィ。どうせなら。
「楽しい夜にしようぜ。ベルが嫉妬するくらいに。」
さっきまでふて腐れた猫のようだったくせに。テーブルからさらさらと零れる髪と共に身を起こしながら、いきなり上機嫌になって囁くスクアーロに、呆れたレヴィは鼻を鳴らして応えた。
ベルはとっくに二人のこと忘れてる