距離を取りつつ牽制がてら投擲した武器は、無造作に叩き落され、ひしゃげた骨組みを晒す羽目になった。
これで2本目。
最初の1本は、開始早々から直に打ち合った挙句、真っ二つに折れて隅に転がっている。
振われるトンファーの前では、己の傘は紙で出来ていたのかとの疑問すら覚えてしまう。
白砂が敷かれた円形の闘技場
その中央から端まで飛び退きながら、そういえば此処は何かに似ているな、と脈絡のない思考が掠めた。
「闘牛場、か」
思い当たった節を呟けば、途端に対峙した相手が半トン以上の鋭い角をもった牡牛に見えてくるから不思議なものだ。
戦う為に創られた獣。体重はその10分の1もないだろうに、それに匹敵するくらいの重みを感じる攻撃。
手にした武器が金属製だという事を差し引いても、理解に苦しむほどの重い衝撃は、既に何度か打ち合った手を痺れさせている。
石を砕き、鉄を捻じ曲げ、人のはらわたを抉ることの出来る暴力。
更に厄介なことに、この相手は倍近い体格の人間でも持ち上げ、投げ飛ばす力と、落ちる木の葉を突き刺す器用さを易々と併せ持っている。
(…天与の才、というやつか)
自身には決定的に欠けていると、そう気付かされるたびに胸を焦がす嫉妬を呼び起こす、この言葉はあまり好きではない。
「フン」
鼻を鳴らし、自動的に浮かんだ小生意気な金色や傲慢な銀色を押し込めるようにして腕を前に突き出した。
それこそ闘牛士の気分だ。
ムレータ代りに傘を閃かせる。
迸る電撃をひらりと避ける、猫のような軽快さと優美さ。偶に出会う、生まれながらに闘争が刻まれた生き物。
類稀な戦闘センスと若さ故の底のみえない可能性。
だが、嫉ましいかと問われれば頷くかもしれないが、それよりも尚、凌駕して湧き出るものがあった。
チリチリと胸を焼く感情は妬みに似ていたが、それより別の何か。
――名付けるのなら、侮蔑に近かった。
(人を、殺したこともないくせに)
8年、もっと前から積み上げてきた、誰とも知れない屍たちの怨嗟。
誰にも、何にも届かないのではないのかという焦燥。
そのどれをも知らない目の前の相手には、どれほど才覚が違おうとも、今だけは何故だか負ける気はしなかった。
「…フン」
再び鼻を鳴らした自分に何を感じ取ったのか、雲のリングを授けられた守護者は、不機嫌そうに眉を寄せておもむろに突っ込んできた。
瞬く間もなく詰められる距離。有得ない速度と最大限の力を込めて振るわれる腕。
それに対した自分がすべき事はむしろ単純だった。するりと力を抜いて足首の力だけで半歩ずらして背を向ける。
脇を掠める猛烈な風を顔に感じながら、もう半歩ずらして半回転すれば辿り着く相手の背後。
遠くから見れば、踊っているように見えたかもしれない。
そして露になった、背の、重心の一番不安定になっている箇所を。
突いた。
もしこれが尖った剣の先であったら、殺気を少しでも含んだものならば、この野生の獣のような相手は、瞬時に身を翻して反応しただろう。
しかし自分が使ったのは背中の得物ではなく、無駄に大きな掌。そこに全体重をかけて押しただけ。
子供の悪ふざけのようなこの反撃は、だがそれで充分だった。
傾いだ華奢な体に覆いかぶさるようにして全身で倒れ込む。
舞い上がった砂煙の後に残されたのは、互いの額と喉骨にそれぞれ拳とトンファーを突き立て合う面白みのない光景。
どちらかをどちらが砕くか―バネを使った速さならあちら、体重分の威力ならこちら。
「気は済んだか、ヒバリ」
どこまでも続きそうな堂々巡りは、アルコバレーノの声で遮られた。
それが望んでいた藍色でなく黄色だったのは、残念だったのか幸運だったのか。
何しろこの凶悪な、しかも人の話をハナから聞かない守護者を幻術に長けたマーモンですら止められたかどうか。
殆ど唯一制止できるのが、目の前に現れたヒットマンだったが、いきなり修行相手という名のお守り役を振り分けられた身としてはありがたみも何もあったもんじゃない。溜息を一つ零してオレは身を起した。
「ねぇ、君」
服に付いた砂を払い落としていると、大人びた冷ややかな声が掛かった。
「思ったより楽しめたよ」
そう言い捨てて、赤ん坊と共に出て行く涼しげな背中。
それが無性に気に喰わなかったので。オレは闘牛士が仕留めた牡牛にするように、いつかあいつの耳を削ぎ落としてやろうと静かに誓った。
まだ僅差で経験値が上なレヴィの優位。
でもヒバリさんの学習能力すごいので次は逃げてー。