長い廊下を一人の男が二人の子供の手を引いて歩く。
城の胸壁に設えられたテラスに出ると、真冬の冷気が深々と突き刺さる。
男は端まで来ると、厚く着込んだ子供たちを見下ろしていた視線を上げ、空を指した。
手の先には、満天に散りばめられた光
意図することを悟り、子供の片割れ―少女は微笑んだ。
「あれがオリオン座」
明るい星を指しながら、訥々と紡がれる低い声の一つひとつに、まっすぐな黒髪をきちんと編み込んだ少女は頷く。
「ランボさん、さむーい」
同じ黒でもくるくるした癖っ毛の少年は頬を膨らませて異議を唱える。
「左にある青い大きな星は?」
「あれはオオカミ星」
構わず続けられる星の講釈に苛立った少年が声を張り上げる。
「ランボさん、ゲームしたーい」
「ランボさん、部屋もど「ランボ、ウルサイ!」延々と続く我儘は、少女にぴしゃりと遮られた。
ツナさんたちのお話が終わるまでレヴィさんと一緒に居なさいって言われたでしょう、少女に諭されて少年は黙り込み、その代わりにと牛柄のマフラーに顔を埋めたまま恨めしげな目線を寄越す。
顔を合わせるたびに大泣された数年前に比べると随分ましになったものだと思いながら、男はわざとらしく重々しい声で宣言をした。
「ゲームをする。この中に動かない星があるから探してみろ」
子供だましの即席の遊びに顔を輝かせた少年が、さっそく身を乗り出してきょろきょろする。
この軽率な幼馴染が乗り出した手すりから落っこちるんじゃないかと心配した少女は、慌ててオーバーの裾をぎゅっと掴んだ。
「おれっち分かった!あれ!」
テラスの縁に身を乗り出し、白く息を弾ませて、勢い良く指差した先には清浄な月白。
「……外れ」
「んじゃあ、ヒント!」
「さっき教えたW字の先だ」
あまりのお馬鹿さに眩暈を覚えて軽く額を押さえていると、「あれかしら?」少女の控えめな声が一点を指す。
その先には輝く極星。
探し方を知っていたのかとの問いに少女は照れ臭そうに笑った。
「TVで見たの。でも本物を探してみたのは初めてよ」
しばらくの間、誰も何も言わずに少女の指した星をただ一緒に見上げていた。
「あの星はずっと動かない。あの星さえ見えていれば――迷わない」
やがてぽつんと呟かれたその声には、何か違うものも含まれている気がして、少女は自分よりずっと高い位置にある表情を伺ってみたが、彼女には遠くて暗くて、何も知ることが出来なかった。
「違うよ!ランボさん、知ってるもん!」
騒々しい声が夜を破る。
「『ホッキョクセイ』は、いつか違うのに変わっちゃうんだよ!」
ツナの「リカ」の教科書に書いてあったもん。偉そうに胸を張るランボを張り飛ばしてやりたい衝動に駆られた。そんな事実は男を傷つけるのではないか、何故か咄嗟にそう思ったからだ。
だが降ってきたのは、穏やかな肯定だった。
「確かにそうだな」
「でもそれは、ずっとずっと後の話だ、俺たちはあの星さえ見ていればいい」
揺らがない穏やかな声に、ホッとすると同時に訳もなく悲しくなる。
「ランボ、イーピン!帰るよ!」
その理由を探す前に暖かな城内から声が掛かり、少女の曖昧な感覚はどこかに行ってしまった。
軽やかに走り去る子供たちを見送りながら、レヴィはそこから動かない。子守はあくまで迎えが来るまでで、彼の今日の仕事は既に終わっている。
そのまま行くとばかり思っていた子供たちが、テラスのドアに手を掛けながら不意に振り返った。
「レヴィ、 …せーのッ」
少女と、少女に小突かれた少年が声を合わせ、
「謝謝、楽しかったよ!」
重々しい城に不釣合いな明るい声を置き土産に、今度こそ去っていった。
残されたレヴィ・ア・タンをヴァリアーの誰かが見ていれば、ひどく驚いただろう。
彼の顔は、夜目にもはっきりと分かるほど赤面していたから。
感謝され慣れていないレヴィ萌え