すれ違いざまに目に付いたレヴィの不揃いな爪を見たら、居ても立ってもいられなくなったので私室に引っ張り込んだ。
大人しく付いてきたくせに、おっかなびっくり不安げにしているから、爪を整えてあげるわ、と宣言したら途端に腰を浮かせようとするので肩を押さえ込んで座らせた。
単純な腕力ならこっちが上。
逃がさないわよー、冗談めかして言ったのに総毛立ったのが服越しでも解る。
失礼ね、取って喰いやしないわよ。
「そんな爪だと、いつか引っ掛けて割れちゃうわよ。キレイに整えてコーティングしないと」
割れて構わないとの主張は却下。
たとえ指先でも咄嗟の時には小さな傷が動作の遅れに繋がるし、僅かなソレが任務では致命的なミスを起こしかねない ―― もっともらしい理由をつけて懇々と諭すと、コクリと頷いて手を差し出してきた。子供みたいな動作に思わず笑ってしまいそうになる。外見に似合わず根が素直なのだろう。
本当は専門家にさせるのが一番だけど、今日は私が。
ファイルにコットンにいろんな瓶に…取り出す道具を物珍しげに眺めていた表情が、マニキュアのコレクションを全色並べ出したあたりで苦々しげに変わった。爪切りだけでいい、なんて野暮な事を言うけれど、どうせ手間をかけるなら楽しまないと。
実は他人の爪を弄るのは久々なので、ちょっとワクワクしている。
こちらの企みを察知したらしいレヴィは諦めたように、余り派手にしてくれるな、とだけ注文した。
乱暴に扱われて堅くなったガタガタの爪を整えるのは、思ったより根気が必要だった。均等な力をファイルにかけて、何度も削る。
「楽しいか?」手を預けたままの姿勢は退屈なのか、そんな分かり切った事を聞いてくる。
当たり前じゃない。お化粧も、買い物も、楽しいからするのよ、好きでもないのに嫌々するなんて冒涜だわ。
「ねえ、レヴィは何が好き?」
コーティングに集中しながらも、ふと思い付いて聞いてみた。
「…特に何も好きじゃない」
「それって、つまらなくない?」
「別に困らない」
「ボスのこと、好きじゃないの?」
「…好き嫌いの問題じゃない」
遊びの問答。予想通りの回答。でもねぇ、レヴィ。
「好きなモノがたくさんあるってステキだと思わない?」
私は色んなモノが好き。鮮やかな口紅、新しい服。明るい日差しも、淡い初雪も。暖かな生きた子猫、そして何より死んだヒトの冷たい体。移ろうモノが好き、動かないモノも好き。沢山の好きなものがあるから、人間頑張れるんじゃなくって? 他人に眉を顰められようが、どんなに血塗れの道だろうが歩けるんじゃなくって?
そう言うと、まるで難しい哲学を聴かされた子供みたいに首を傾げて聞いていたレヴィがポツリと呟く。
「よく分からないが、オレにその『好き』が、理解できないことだけは理解できる」
その姿を見て、何故だか胸がほんの少しだけ痛んだので、綺麗に整った爪を撫でながら囁いた。
「私、貴方のことも好きよ、レヴィ」
聞いた途端、とても嫌そうな顔をしたレヴィが可笑しくて、私は今度こそ声を立てて笑った。
引きこもり次男坊とお母さんルッス。
どこかでルッスをルーリーと呼んでいるのを見て、すごくキュンとした。
ルーリーかわいいよルーリー。