「ないのね」
「なにが?」
「……お髭」
「ヒゲ?」
訳のわからない言葉の意味を反復する。そもそも言葉を交わすことすら初めてなので判断材料が少ないが、彼女の言葉は探るだけ無駄かもしれない。さんざんっぱら振り回されている無軌道な同僚を前例にして探求を諦めた。
首をずいぶん折り曲げて目線を下げると、爪先立ってこちらを見上げていた少女と互いに覗き込むような形になる。
潤んだ黒目がちな瞳がそこにある。ここではないどこか遠くを見るような、零れ落ちてしまいそうな大きなそれ。
拒絶も逃避もただ遠く、ただ受け入れ、しばらく無音の中で見つめ合う。
沸き出る霧のように唐突な出現は、マーモンで慣れているにせよあまり心臓に優しいものではない。
しかもリング争奪戦の「始末」も未だに終わり切っていない現状で。
それでも何がしらの要望を読み取れるだけの相手を見つければいいものをよりによって自分に。
いつのまに、どうして、なぜここに。
ぐるぐるとせり上がった疑問を喉奥に押し込んで、息を吐く。腰を折って適当な高さに身を屈めた。
何を伝えたいのかは知らないが、何をさせたいのかくらいは飲み込める。
それに例えその手が喉骨を掴みかかってきたとしても、どうにもさせない自負くらいはある。
「つるつる」
頬に届いた手は予想した通りにひんやりと冷たく、伝わる感触はしなやかでひどく頼りない。
されるがままになりながら、脈絡もなく故郷に咲く百合の花を思い出した。
顔を寄せ合ったその姿は遠くから誰かが見れば口づけているように見えたかもしれない。
するすると撫でられる感触に首筋を粟立たせながら、そんなどうでもことをぼんやり思った。
やり過ごすことには慣れている。今さら、リングを所持する守護者をどうこうしようとは思わない。
「いたい?」
聞くくらいなら最初からしなければいいのに。
そう考えながら現状を確認すると、切り揃えた爪が頬の肉を引っ張っている。
白いしろい腕、その内に浮き上がる青い血管に目を落とす。
掌だけでなく手首までも片手で包んで有り余るそれをどうしてやろうか。思い浮かぶ映像を片っ端から叩き潰して返答を捻り出す。
「ああ」
「どのくらい?」
痛みの強弱などいちいち数えていない。
下腹部を刺されて突き立ったナイフそのままに立ち回ったこともある。
腸を掻き回されたがなんとか押し込んで縫い合わせたこともある。
それでも。
それでも、
引き裂かれる痛みはたった一つだけ。
思い返しただけで胸を掻き毟りそうになる、
氷の向こうに閉じ込められたと聞いた時の、あの時の、
「……泣いてしまいそうなくらい」
揺らめいて掴みどころのなかった視線がまっすぐ上がって再びぶつかり合う。
なんだ、泣いてしまうのはそっちの方じゃないか。
零れ落ちそうな目に零れ落ちそうな涙を湛えて少女は口角を吊り上げる。
「うそつきね、レヴィ・ア・タン」
肯定でも否定でも何か言わなければならないと思った。
それなのに役立たずの唇は動かず、彼女の口の端に乗せられた微笑みの儚さをただ惜しんだ。
未来の記憶がある凪ちゃんとあるのかどうか怪しいレヴィたん
ある方の所で10歳40センチ差って言われててその数値に改めてハアハアしました