Baby, Baby, My Dear Star

 関節を外す、乾いた音が響くホテルの一室。

 在りし日の可憐な妖精のような面影はどこへやら、レヴィの手によってぐにゃぐにゃとした軟体動物へと姿を変えていくのは、拍子抜けするくらい簡単に命を落とした標的の少女。死体の持ち帰りなんて本来なら自分たちがするような事ではないのだが、いろいろと込み入った事情の為、幹部手ずから人体を折り畳む羽目になってる。
 こういう力仕事は関与できないから退屈だけど、丁寧ささえ感じるレヴィの仕草を見るのは嫌いじゃない。
 無駄に豪奢なテーブルに腰掛け、黙々と作業をこなす背中を眺めていた。
 自分としては別にどちらでもよかったのだ、かぼそい顎をひとひねりして冷たい躯に変えようが、おびえる標的が差し出した宝石に免じてそっと逃がしてやろうが。
 そんな事を考えている間に、作業は大詰めを迎えた。無骨なブーツに踏まれた腰を支点に、あっさり二つに折れる背骨。
 出来るだけ切断せずに標的を持ち出すようにとの依頼主からの指定。経験上、こんな指定をされる被害者には死後もろくな結末がついて回ることが予想できるが、知ったこっちゃ無い。

 小さく折り畳まれてトランクに詰められた様子は、ビスクドールに見えなくもなかった。愛らしくて脆く、高価で取引されるモノ。
 そう告げると、レヴィは無言で肩を竦めた。賛成しかねる、という表示なのだろう。
 まあ、別に、どうだっていいけどね。

 次はボクが働く番。腰に吊るした紙を切り取って鼻に当て、思いっきり音を立てて鼻をかむ。
 眉を顰めたレヴィには頓着せず、粘液で描かれた図面を見やる。記された幾つかの警固ポイントを通過して、ホテルの外に待機しているレヴィの部下たちにこのトランクを渡せばボクらの任務は終了。
 詰め込んだ折り畳み人形もどきを本格的に加工するのは別の職種の領分だし、その後コレが誰のどんな用途に使われるのかは知りようがないし興味もない。
 あえて疑問を挙げるとすれば、何の痕跡も残さず霧のように消えることも出来るのに、わざわざ指定された芝居がかった脱出方法 ―― 依頼主側からわざわざ準備された、ホテルの警護を抜けるための偽の身分設定。その為に組まれたボクとレヴィの任務編成。

 でもそれもどうだっていい。もし罠だとしてもヴァリアーの全力を以って叩き潰すだけ。
 任務さえこなせばボクは報酬を得て、レヴィはボスの承認を得る。そのためなら天使だって八つ裂きにしてやる。
 さあ、複雑な事情と面倒な実情が手を取り合った挙句の茶番なんてさっさと終わらせよう。
 着せられたタオル生地のポンチョのお陰でいつもの黒マントはすっぽりと隠れている。ウサギの耳を模ったフードを被ると(自分で評するのもおかしな話だが)、『無害な1歳児』の出来上がり。
「さあ、さっさと終わらせよう」
 奇しくもさっきボクが考えていたことと全く同じ言葉を吐きながら片手でトランクを転がしながら近付いてきたレヴィに、もう片方の手で抱き上げられる。ゴーラ程じゃないけれど大きな手。
「顔が恐いよ。まるで誘拐犯」
 これじゃあとても『旅行中の親子』になんて見えない。文句を言うと、そもそも設定に無理がある、マーモンこそあまり喋るな、と苦い顔をしていたレヴィは何を思ったかボクを目の高さに抱え上げて声をかけた。
「外に出るまで黙って良い子にしていなさい、『お星さま』」

 まるで、普通の親が普通の赤ん坊に呼掛けるように―そしてまるで、ボクが呪われた人殺しの赤ん坊なんかじゃないみたいに―優しく響いた言葉に、思わず素直に頷いてしまった。

 悔しい事にボクが我に返ったのは随分後で、その間にレヴィは、大人しく黙った赤ん坊を抱いて悠々とホテルを後にしていたのだ。


アモーレの国・イタリアには「私の宝物」という意味の言葉が山ほどあるそうです。
「お星様」も、その一つだとか。



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