Foolish Relishes

「またライスヌードルかよ」
 うるさい、吼えるな、料理している時は手元が狂うから覗き込むな、シャワーから上がったら髪くらい早く拭け、滴を撒き散らすな、あとパンツくらい履いてから出て来い。
 出かけた文句を喉奥に引掛けて(どうせ言っても無駄だ)、代りに刻んでいた大量のコリアンダーをスクアーロの器に全て振りかけた。
 この独特な匂いがあまり好きでないらしいコイツは顔を顰める。それでも出せば残さず食べるのだから変な男だ。

 古びた狭いバンガローは一昨日から合流したスクアーロの所為で更に窮屈になった。
 コイツにとってはここは別の任務に向う為の中継点。明日には出て行くと分かっていても神経を削られるのには変わりない。
 湯気の立った器を挟み、向いあう。
 南の楽園、秘密の小島、二人だけの愛の巣。そんな金持ち専用の宣伝文句に、のこのこ釣られてきた標的は今ごろ年若い愛人と砂浜でも散歩しているのだろう。
 自国では鼠みたいに臆病で用心深かった男は、照りつける太陽に中てられたのか、順当に頭の捻子を緩めていっている。明日になれば裸で暮らしだすかもしれないし、明後日には自分の組織の秘密をペラペラ喋りだすかもしれない。そうなれば誠に結構。
 ヴァリアーだからといって年がら年中人間を殺しまわっている訳ではない。
今回の任務は血を求めていないが、うんざりするような時間を要した。
 監視以外は特にする事も無い毎日を過ごす身としては、偶の客に食事くらい給することが出来る。そうでなければ、誰がこんな奴にアジアの片隅で食事なんか作ってやるものか。
 目の前でズルズルと不快な音を立てて食事をするスクアーロを見ていると自然と眉が寄る。
 コイツが意外とチョップスティックの扱いが上手いのは、別にどうだっていい。
 俺が視界に入れまいとしているのは、薄暗い電気にも眩しい銀の髪。前回顔を合わせた時より確実に長くなっているそれが、時間の経過を否応無く突きつけてくる。
 コイツと居ると穏やかな時間ですら責め苦めいて感じるのは、自身に負い目があるからだ。あの時もっとあの人の傍に在れたら――。

「1ヶ月ずっとヌードルばっか食ってたら、飽きねぇか」
 沈み込んでいた思考は、頭の悪そうな発言で断ち切られる。
「じゃあ、お前が作れ」
 料理なんか出来るのかと問うと、作ってやるから好物を教えろ、と傲慢な鮫は返してきた。
 仕方の無いやつだ。
「まず、ピクルスを粗みじんにする。瓶詰めレリッシュは使うな」
「おう」
「ハムとチーズをスライスする。種類は何でもいい」
「おう」
「丸パンに切り込みを入れる」
「……」
「パンに具を挟む。以上」
「……う"お"ぃ!ただのパニーノじゃないか」
 しかも切るだけじゃねぇか!
 文句を垂れるスクアーロに、オマエには切り刻むしか能がないだろうと答えると、破顔した。
「確かにそうだなぁ」何が可笑しいのか、ゲラゲラと下品に笑うスクアーロの髪が余計に眩しさを増したような気がして、俺は目を逸らした。
 その夜の話はそれっきりだ。

 しばらく後、他の仕事も片付けて戻れば、どうやら地球を半周して一足早く戻ったらしい、ひらひらと手を振る銀髪にイタリアの空港で出くわした。荷物をみるに、またどこか面倒な地域へ飛ばされるのだろう。
「この時間に出発すれば、顔ぐらい拝めると思ったぜぇ」
 相変わらずの喧しい声を放ちながら出国ゲートの方へと足を向けるスクアーロ。落ち着きのない奴だ。喋るか歩くかどちらかにしろ。
オレからは今から鉄火場を駆けずり回る同僚にも別にかける言葉はなく、そのまますれ違おうとすれば呼び止められ、銀紙に包まれた物を放り投げられる。
 空港に着くまでに喰おうと思ってたのにトラブっちまってよ、そんな聞いてもいない事を勝手に喋る男から目線を離して手元に落とす。
 ずしりと重い質量。開けなくても匂いで分かる中身。
 チーズは俺の好きな種類だった。でもレリッシュは俺の嫌いな甘いやつだ。瓶詰めの出来合いは駄目だといっただろうが。

「自信作だぜぇ」
 正午の空港で、陽の光を浴びる銀の髪の男が嬉しげに笑う――伸び続けるコイツの髪、きっと次に会う時はもっと長い。

 反則だ、コレは。

 嬉しいなんていうもんか、
 意地になって口を思いっきりひん曲げてみせたが、ちゃんと意図した通りに軽蔑した表情を作れたか自信が無い。
「……馬鹿じゃないのか」
 俺がやっとの思いで吐き出したその言葉を聞いて、寧ろ心底嬉しそうにまた笑ったコイツを心底バカだと思った。
 そしてゴミ箱に投げ込む事もせず、本部に持ち帰って口にした俺は、アイツ以上の大馬鹿だ。


8年間の捏造その2。彼らは偶にしか顔をあわせなかった割には仲良しさんだと思ってます。
トムヤンクンラーメンとか好きです。私が。



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